フェルトイラストで本の表紙ができるまで。

フェルトのアップリケという商品。もともとはイラストレーションの仕事で描いていた手法から生まれてきたもの。
その元となるイラストレーションの作り方について、代表作にもなった「フリーター、家を買う。」(有川浩 著 幻冬舎)の装丁画のできるまでを公開します。


そもそも本の表紙の絵ってどういった経緯で依頼がくるのですか?

イラストレーションファイルに掲載してもらったり、営業に行ったり、個展したり、日頃から出版関係の人へ発信して自分のイラストレーションを売り込んでおきます。
そしてマッチする仕事があった場合、出版社のデザイナーさん、もしくは編集者さんから依頼の電話(メール)がきます。その時点では著者名と本のタイトルしかわかりません。そこでスケジュールや予算などを確認した上で、お受けする旨の連絡をしてお仕事が始まります。
「フリーター、家を買う。」(以下『フリーター、」)の場合は以前に営業に行ったデザイナーさんからのご依頼でした。デザイナーさん、編集者さんが主にイラストレーターを決めることが多いですが、たまに著者による直接指名の場合もあります。

依頼を受けた後、お仕事はどうのように進んでいきますか?

お受けする旨の返事をすると、まずはゲラという製本される前の原稿の束が届きます。校閲する前の初稿だったり、最終稿だったりもします。
そのゲラを僕はまず読みます。小説がもともと好きなので、本になる前の出来立てホヤホヤの原稿を読めるのはこの仕事の特権で、とても楽しい時間です。

原稿を読み終わると、まずはそこから浮かんでくる表紙のイメージをいくつも考えます。表紙はまだ本の中身を読む前に一番最初に目に入る情報ですから、この本がどのような雰囲気の本かをわかってもらう必要があります。
ただ、本文に添えられる挿絵と違って説明的なものではなく、あくまで全体の雰囲気を伝えて、お客さんに本屋さんで手に取ってもらえるものでないといけません。

 

まず、コピー用紙に5cmほどの枠の中にアイデアスケッチを鉛筆で描いていきます。
その際、鉛筆はHを使って、見えるか見えないかぐらいの薄い線で描いていきます。なぜなら僕の場合、濃く描くことによってイメージが固定化されてしまい、アイデアが止まってしまうからです。
20個ほどのアイデアスケッチを描いて、その中から2、3個選び、鉛筆で線を濃くなぞり、わかりやすくしてから出版社のデザイナーさんに送ります。

 

アイデアスケッチを出した後はどうなりますか?

デザイナーさんからこの方向で行きましょう、とラフの方向が決まります。「フリーター、」の場合、右のアイデアスケッチが採用されました。方向が決まると、今度はカラーラフを制作するため、まずは人物や動物などを鉛筆で大きく描いていきます。

次に、描いたものをスキャンして、イラストレーターというソフト上のペンツールで下絵をなぞっていきます。なぞった後はオリジナルで作ったフェルトの色のカラーパレットから色をはめこんで色の組み合わせを考えます。実際にフェルトで作りながら色を考えると、修正が難しいため、ラフの段階でしっかり決めます。

人物の描き方はわかりましたが、背景も同じように描いていくのですか?

背景に関しては別です。僕の絵はできるだけリアリティある世界を描きたいと思っているので、背景は普段撮りためている風景写真を使います。といってもそのまま使うのではなく、いくつかの写真をフォトショップというソフトで合成したり、いらないパーツを消したりして使います。

背景をフォトショップで作った上で、今度はイラストレーターのソフトに配置して、先ほど作った人物と組み合わせます。
そして全体を調整して行きます。その際、文字の入るスペースや本の背になる部分にはあまり絵が被らないように構図を考えます。
1枚の絵として考えるのではなく、あくまで本になって本屋さんに並んだときのことだけを考えます。

こうしてカラーのラフができた後、デザイナーさんに送ります。そして出版社や著者さんのチェックが行われ、修正指示がきた場合は何度かやり取りします。「フリーター、」の場合、もう少し建物に遠近を出して欲しいという著者さんからのリクエストがあったため、背景を修正しました。

カラーラフを見ましたが、ここからさらに本制作へと入っていくんですよね。

はい。カラーラフのOKが出た後、実際に紙とフェルトでイラストレーションを作っていきます。
使う道具はデザインカッター、ピンセット、木工用ボンド、カッターマットぐらいでしょうか。

まずは人物の線画をプリントアウトします。それをフェルトの上に置いて、紙とフェルトが動かないように、しっかり手で押さえて線に沿ってカットしていきます。
全部のパーツをカットし終えたら、木工用ボンドをフェルトの断面に少しだけつけて、机の上で隣り合うパーツとつなぎ合わせます。
この時、フェルト同士をぎゅっと押し付けることで隙間なくつなぐことができます。全てのパーツをつなぎ合わせて人物は完成。

次は背景の建物です。

こちらもまずは写真をプリントアウトします。そして色別にストックしてあるカラーペーパーから使う紙を選んで、写真を紙の上に置いて写真ごと一緒に切り出していきます。各パーツを切り出してはボンドで貼り合わせる作業を繰り返しながら進めます。細かい部分も根気よく作ります。
全部の背景が作り終えると、台紙となる紙に貼り付けていき、人物も一緒に貼り付けて完成です。
完成後の修正が難しいため、カラーラフと全く同じ配置にして仕上げます。

完成後、原画を出版社に送ってスキャニングしてもらい、僕の仕事としては終了です。
(仕事によってはスキャニングして入稿することもあります)

とても手の込んだ作業で大変なように思うのですが、制作にどれくらい時間かかるんでしょうか?

時間がかかると思われがちですが、カラーラフまでに最短で1、2日、本制作には2、3日あれば完成します。
「フリーター、」の場合は本制作は3日でした。

その後、デザイナーさんがタイトルをデザインして配置し、印刷屋さんで印刷、製本されて本屋さんに並びます。
本屋さんで平積みされ、お客さんが手に取ってくれる瞬間が一番嬉しいです。